cinemastaffライブ he presents “WILLOW WEEP FOR HIM”

2012.06.10(sun) 下北沢ERA
he presents “WILLOW WEEP FOR HIM”
<セトリ>
1.白い砂漠のマーチ
2.Skeleton
3.cockpit
4.新曲
5.シンメトリズム
6.実験室
7.into the green
8.優しくしないで
9.AMK HOLLIC
10.ポルターガイスト

シネマの東京でのインディーズラストライブ。
どうしてもメジャー目前にしたシネマのライブが見たくて、まさねえとえっこさんといってきた!
辻の真正面、後ろでゆらゆら揺れてみることにしたんだけど、萌える傘の下をSEに現れたシネマは、明らかに今までと違ってました。
何が違うんだろう。今までは、ステージに立つと禍々しい怒りとか、そういうものを孕んだ空気感にぴりぴりしたものを感じてたんだけど、今回は良い感じにリラックスしてて。
あれっ、と思った瞬間に掻き鳴らされた導入のようなギターノイズ。
いつもと違う!という直感がわくわくを増長させていって、そこから白い砂漠のマーチ。
旅の始まりを感じさせる、ストーリーテラーである飯田が絵本を開いていく。
今までと大きく違ったのは、曲がすごく視覚的に感じられるようになったなっていうこと。
曲の世界観が、すんなり頭に入ってきて、イメージが脳内で膨らんでいく。
砂漠を歩くサーカス団、透明になっていくピエロたち。
飯田の歌は表現力が増してた。澄んで凛とした声が、ライブハウスを包み込んでいくみたい。
今までの暴力的な初期衝動はなりを潜めてる、そう思ったのに、赤いストロボと悲鳴をあげるギター、暴れるドラム、叫ぶベース。優しくしないではいつだって暴力的で、ここにある「怒り」はまったく消えてはいなかった。
この感情は薄くなったり消えたりはしないんだろう。多分生きてる限り、どうしようもない焦燥は付き纏う。

このセトリは卑怯だと思う。
ゆるやかに始まった旅路、広い世界観なのにどこか寂しい楽曲たち。そして怒りの初期衝動。
自分の感覚の、一番深くてデリケートなところを、シネマの楽曲って容赦なく掴んで引きずり出してステージを後にするんだよなあ。
最後のポルターガイストが狂気を孕んでる。シネマの初期衝動ってここなんだろうな。赤の照明とライトとファズるギターと三島の絶叫。最後にこれもってくるのがずるいよなー。実験室、シンメ、intoときて、優しくしないでからおかしくなってく。
人が狂っていく様を見せ付けられてるような。

今がこれでメジャーにいったらどうなっちゃうんだろう?
やっべー楽しみ!来月のワンマンも期待大だね!

欠けていたパズルピース

高木雄也くんに担降りしてもう1ヶ月が経ちました。
勝利の担歴をさらっと更新する高木くんかっこいい!とうちわを振りながら思いつつ、私は少しほっとしています。
勝利くんに降りて、コレジャナイ感を味わった私は、雄也くんをちゃんと担当として見れるか心配でした。結局わたしが世界一好きで、胸がときめいて、泣き出しそうになるのって大倉くんだけなのかも。大倉担でい続けたくないわけではないけど、こんなに楽しいHey!Say!JUMPをやっぱり自ユニに出来ないのってつらい。そんなことを思いつつ、まさに恐る恐る、高木担ライフを始めました。
が、そんなことは杞憂だったんです。
今まで雄也くんの顔は、好きだけど待ちうけにしてずっと見ていたいとか、お部屋にポスターを貼ったり、お写真を買いたくなるようなものではありませんでした。
そういう点では勝利くんが勝っていた。
けど、担降りしてしまったあと、私は雄也くんの写真を買い漁ったし、あいぽんやあいぽっどたっち、いろんな持ち物を雄也くん仕様に塗り替えました。
今まで雄也くんの画像の打率は6割!とか言ってたんですけどいまとなっては9割です。これが担当補正力。すごい。ただただすごい。
これって、刷り込みみたいなものなのかなーと思うんです。担当って意識したら、もう全てが可愛いし全てを優先したくなる。特別扱いすることが、わたしにとって雄也くんへの愛を表現する方法みたいです。

今まで、外野で雄也くんを見ていたときにわからなかったものが、雄也くんを担当にしたらとたんに見えてきました。
本当はこんな子なんだ、意外と優しい、意外と男らしい、意外とオトナ、意外と、意外と…
意外との積み重ねで、雄也くんを見ていると毎日発見があります。雄也くん自身、毎日考え方が変わっているのです。でも根っこのところは変わらない。私は雄也くんほど愛らしい頑固者を見たことが無いかもしれません。

08-09のJumpingツアーDVDを見て、わたしは雄也くんの没落を思いました。
推されが下がることがこんなに如実に現れるグループってJUMPぐらいだと思います。
最初は、「雄也くんは本当はこの位置に立てるポテンシャルがあるよ!頑張ろうよ!」と思っていたのですが、アルバム宣伝のMステを見て考えを改めました。
ガシガシ踊って歌う雄也くん。ひな壇でにこにこしている雄也くん。
雄也くんはいまもしかして、「適材適所」の「適所」の部分にいるんじゃないかな。
グループでの雄也くんの役割がどんなものかわからないけれど、外からも内からも、ぴたりとハマるところに雄也くんはいるんじゃないかな、と思ったのです。その中で、これから雄也くんは成長していくのでしょう。無理に押し込められた歪なものが、あるべき場所に当てはまったような気がしました。欠けていたパズルのピースを見つけたような。

笑顔で「雄也くんかわいい!かっこいい!すごい!」と言える今が幸せでたまらないので、夏のツアーが楽しみでたまりません。
雄也くんはどんなパフォーマンスを見せてくれるかしら。
幸せなヲタクは強いですね。私は今日も幸せです。

担降りエントリの次に担降りエントリを重ねるアクロバティックガール☆なちこです。
5月に入って、私にとって初めてのJUMPの現場が始まりました。
私は2月のスパデリ発売でJUMPに興味を持ち、知念様にハマりました。
ずぶずぶと好きになっていって、今まで好きだったエイトでも、セクゾンでも当てはまらない現象がジャンプでは起こりました。
私は基本的に好きな人一直線で、ユニットはその好きな人に付随するおまけという、自担至上主義なのですが、
ジャンプにはそれが当てはまりませんでした。
全員大好きで、みんなキラキラしてて。
グループを愛したいと思えたのは初めてでした。
(エイトの場合、長く時間をかけて「大倉くんのいるおうちだから大好き」という可愛げのない愛し方でした。大倉くんありきでそこから動かない)

勝利に降りたとき、正直に言ってたくさんの打算が働いていました。
これから勝利が与えてくれる未来は輝くものに違いなくて、きっと幸せにしてくれる。
もう傷ついて悲しんで応援なんかできない。幸せだけを選んでおなかを満たしたいと思っていました。
前の勝利に担降りしましたエントリを読んでわかる通り、一言も「セクゾンを応援していく」とはいってません。
本当は、ここでもう答えが出ていたんだと思います。
セクゾンよりJUMPが好きだと気付いているのに、JUMPに担当に出来る人がいなかった。
だから、大好きで、眩い未来を与えてくれる勝利なら、幸せにしてくれると思った。
勝利担ですと名乗ったとき、私はとても泣きました。
大倉くんに別れを告げることについて、晴れ晴れとした悲しみがありました。
勝利担って思ったら、肩の荷が降りた気がしました。
私にとって担当とはジャニヲタ最大のアイデンティティで、重きを置くところ。
担当が誰かわからない人とはお友達になれないし、仲良くなると「ああ、○○さんにこのけんとくん見せてあげたい…」とか思うタイプなので、宙ぶらりんの状態がとても嫌でした。
私は早く、自分の肩書きが欲しかったんだと思います。

おまえあんだけ知念様知念様って言ってて、なんで知念様に降りないの?と、普段のツイートを見ている人は思うかもしれません。
確かにその通りなんですが、私の思う「担当」の条件に知念様は当てはまりませんでした。
私の思う担当は、「指も声も視線の先も気になって目が離せない人」です。
私は映像や雑誌で知念様を見ているとき、とても静かです。
ギャースカ騒いだりしません。
友達と一緒にJUMPを見ていても、「知念様ぁあああ」と叫んだり興奮することもありません。
私の中の知念様は教祖様です。
あの微笑みで私を赦して、愛を与えてくれる人。
知念様を思うと胸がふわっとあったかくなります。
担当が「見ていたい人」なら知念様は「考えていたい人」です。
今回のJUMPコン、私は知念様のうちわを持っていきました。
でも、知念様から目が離せないわけじゃないんです。
そこにいる知念様は、かわらず素敵で、胸があったかくて、どこまでも「予想通り」でした。
愛らしさも姿勢も目線も、思っていた通り。
生で見ていても、同じ空間にいても興奮しないんです。
コンサート会場では平気なのに、独りになって知念様を思うと思考の海でおぼれてしまいます。
私はその一つ一つを解して吐きだすことで知念様への愛を表しています。
だから、知念様への愛を表すのに、うちわを持たなくていいんです。
知念様について言及することが私の愛の形です。

知念様は担当におけない。けれどJUMPが大好きという気持ちはやっと今回のコンサートで処理できました。
今回初めてJUMPのコンサートを見て、私が目を離せなくなったのは高木雄也でした。
元々普段から雄也と大ちゃんについては言及も多くて、JUMPの中でも2番目を争うぐらいスキでした。
蓋を開けてみたら視線が自然に知念様を離れて雄也にいきました。
担当ロックオン型の私にはすごいことです。
吸い寄せられるってこういうことなんだな、と思いました。
3日、4日、5日と回を重ねるごとに、雄也のことが好きでたまらなくなりました。
そして、ずっと勝利を据えてから覚えていた「違和感」が、雄也を視線で追うことでカチリと組み合う音がしました。
好きで好きで、かっこよくてかわいくって涙が出そうになる、これが担当なんじゃないの?
胸が痛くて切なくて、「好き!」と叫んでも足りないような、これが担当なんじゃないの?
勝利のことは大好きだけど、これは担当なのか…?という疑問がずっとついて回っていました。
私の思う担当ってこうじゃない、もっともっと胸がざわついて心が苦しくなって、泣きたくなる人が担当に据える人のはずだった。
3日にセクゾンがきたとき、勝利に全然興奮しなかったんです。
もちろん勝利はいつもみたいにかわいくてかっこよくて、会場で踊るレディダイも楽しかった。
だけど、胸の高揚感はどこにもありませんでした。ドキドキしない。すぐそこに「いる」のに。
このことは私に少なからずショックを与えました。
なんで勝利にドキドキしないんだろう、私どうしたんだろう。そう思って気付きました。
最初から、勝利にドキドキしたことはなかったんです(握手会はさすがにしました)
ただ、純粋に「好き」なだけ。
大倉くんを見つめていたときの、胸が焦がれるようなちりちりっとした痛みは、雄也がくれました。
涙が出て、声が出て、笑顔になるのは雄也だけ。
気付いたら、もう止められなくて、回を増すごとに雄也を見る時間が増えて、もうダメだと思って腹を括りました。

よく見たら、雄也は大倉くんに似ていました。
雄也と大倉くんが似ているのではなくて、雄也が私にもたらすものが大倉くんに似ていました。
ずっとスキだった大倉くんを見ていた時みたいな胸の高揚とか、あのへにゃんとした笑い方とか、狙いを定めたときの強いまなざしとか。
ぽてんとした重たいおしりとか、顔が小さくて脚が長くてぽちゃっとしているとことか。
大倉くんと似てるから好きなんじゃないけど、私が惹かれるタイプがあるなら、大倉くんと雄也は同じカテゴリなんだと思います。

私の思う担当に勝利は「まだ」当てはまってませんでした。
きっと勝利がもっと大人になったら私の思う「担当」になるんだろうと思う。
セクゾンは変わらず追い続ける。
あの子たちの紡ぐ未来はずっと見ていく。
でも肩書きを降ろしたいと思えた。

そんなわけで、5/5。私は高木雄也くんの担当になりました。

担当はファッションじゃない。
担当はアイデンティティ
だからすぐ担降りする人は嫌い。簡単に担当を決める人は嫌い。だからこの状況は嫌だった。
でも、一番スキでスキでスキすぎる人に正直になるのが一番いい。
勝利に対して、これからを捧げる覚悟が足りなすぎた。
ここまでくるのになんだか遠回りした気がします。
勝利担と名乗ったのはたった一月だったけど、勝利担になったことで大切なことに気付けました。

勝利とは数年後、またきっと惹きあうと思います。
成長過程よりもう出来上がっているものを愛でるのが好きなので。

私は痛みも苦しみも、愛も喜びも全部与えてくれる雄也に降りることにします。
痛みから逃れて、楽をしようと思って勝利に降りたけどそんなんじゃだめですね!
ジャニヲタは痛めて痛めて、痛めつけても起き上がって戦って幸せになる生き物です!

年度末、3/30。
私は大倉忠義くんから佐藤勝利くんに担降りをしました。



思えば11月。
勝利に出会ってから、私の隣にはずーーーーーーーっと担降りという言葉がありました。
セクゾンと駆け抜けたあの一か月。
担降りしたい。でもしたくない。勝利が大好き。大倉くんが大好き。
泣いて泣いて、それでも出ない答え。
12月になって始まったのは、FIGHTコンでした。
一年に一度のエイトとの逢瀬。
その熱に引っ張られて、ステージでにこにこ笑う大倉くんに引っ張られて、
本編ラストのマイホームで号泣して、そうだ、わたしが帰る家はここなんだ、と思いました。

そのあとは大倉忠義担当のなちこを謳歌していました。
今思うと、最後の蜜月だったのかもしれません。
大倉くんが大好きで大好きで、胸がいっぱいになっていました。

2月になってJUMPにハマって、知念様のことばかり考えるようになったら、
ああもう大倉くんから離れられるかもって思いました。
勝利のときはあんなに泣いて悲しんだ担降りの危機だったのに、知念様の手にかかったらあっさりと、
大倉くんに別れを告げる覚悟が出来たのです。

たぶん、勝利の好きと大倉くんの好きが違うから戸惑ったんだと思います。
勝利より大倉くんの方が「好き」。
だけど、担当にしてずっと見守りたい。この人を支えたいのは勝利。
一番好きな人が担当っていう私の考えとの齟齬が生じました。
でも、知念様と大倉くんの「好き」は同じ好きです。
ただただひれ伏したい。
もう完成されている美しいもの。
その完成された美しいものが、今後もっと光り輝いたり、怜悧になったりする。
大倉くんや知念様を見ていると安心します。
わたしなんかは全然敵わない境地にいる。
何をしていても感心する。
でも勝利は違います。
荒削りで、ダンスもお歌もまだまだです。
そのたぐいまれな美貌をもってしてアイドルのスターダムに駆けのぼってきた少年です。
わたしは勝利を応援したい。
勝利が私の手を離れて、誰からももっともっと愛される未来が見たい。
だから、私は担当を降りました。
居心地の良いマイホーム出て、勝利がずっと捧げてくれる、光り輝くステージを見ることに決めました。

セクゾコン本編ラスト、I see the lightで、私は勝利に降りる決心をしました。
ずっとずっと胸の中で、勝利を自担と呼ぶ練習をしました。
脳裏に浮かんだのは大倉くんではなく、知念様でした。

私にとって知念侑李ってどんな存在なんだろう。
Hey!Say!JUMPってどんな存在なんだろう。
「自ユニ」という言葉があるのならば、きっとSexyZoneじゃなくHey!Say!JUMPなんだと思います。
世界で一番好きで、応援したくて、見守りたいユニットの名前です。
JUMPはなにをとっても、どこから見ても大好きで、私の知らない空白の4年間が今でも惜しくてたまらなくて。
担当にもならない、自ユニにもならないJUMPとは、私にとってなんだろう。

知念様は、きっとわたしの担当に収まってくれないのです。
担当よりもっともっとおっきくて、深くて広いその位置に、悠々と階段を上って鎮座した。
知念様はこれから、きっとわたしにとってすごく大事な存在になると思います。
JUMPというユニットも。
現場があれば必死になっていくし、もしかしたら担当の勝利より時間もお金もかけるかもしれません。
多分それでいいのかな、と今回のコンサートを見て思いました。

私は今幸せです。
ずーっと悩んでいた重荷がなくなったからです。
JUMPを見ながらエイトと比べてしまうのが嫌だった。
エイトにあってJUMPにないものを探すことから、
JUMPにあってエイトにないものを見付けてしまうことが本当に嫌だった。
知念様や勝利を好き!っていうときに、大倉くんと比べてしまうのが嫌だった。
大倉くんより好きって言うことでしか、好きの大きさを測れなくて、
そんなことで大倉くんの名前を出すのが嫌だった。


大倉くん、本当にありがとう。
今までずっとずっと大好きで、これからもずっと大好きです。

この込み上がる気持ちが 愛じゃないなら
何が愛かわからないほど

愛をこめて花束を 大袈裟だけど受け取って
理由なんて訊かないでよね
今だけすべて忘れて笑わないで受けとめて
照れていないで

昨日とよく似た今日は 何気ない分かれ道を
分って選びそびれた 臆病のせいでしょう

私は泣くのが得意で
最初から慰め当てにしてたわ

何度も間違った道 選び続けて
正しく ここに戻って来たの

巡り巡る時を超え いつもあなたの所へと
この心 舞い戻ってゆく
無理に描く理想より 笑い合える今日の方が
ずっと幸せね

大倉くんにありったけの花束を贈ります。
本当にありがとう。ずっとずーーーーっと好きで好きで好きでした。
毎日が楽しかったのも、大倉くんのおかげです。
きっと、いつか大倉くんのところに戻るんだろうなー。
大倉くんはきっと、エイトっていう家の中で変わらず笑ってくれていると思います。
たくさんたくさん疲れて、もうやだって思った時も、大倉くんはずーっとそこにいてくれたので、
次もきっといてくれるかなー。

花束を渡して、大倉くんとさよならが出来ました。
ずっとずっと大好きな大倉くん。
何回言ったって足りないけど、ありがとう。大好き!幸せでした!

リアルタイムからおいていかれた悔しさについて

FIGHTコン発売しましたね。
担降りの命運はFIGHTコンが握ってる…カミングスーン!なんていったくせに、まだわたしはFIGHTコンDVDを見ていません。
買ってすらいません。

正直、見るのが怖いです。
あんなに楽しんで熱狂したコンサート。
喉が枯れるぐらいの声をあげて楽しんだ夜な夜なヨー☆NIGHT。
あれを見て、わたしはなんて思うのだろう。
「やっぱりおおくらくんが大好き!降りれない!」となるのも、
「ああ、もうなんとも思わないわー。担降りじゃ担降りー!」となるのも、
両方とも怖いです。
大倉くんとさよならするのも、大倉くんとこれからを続けるのも怖いです。
まだ腹がくくれなくて、あーどうしよう、となりながらTEN JUMPを買いました。

私はまだサマリ2011しか持っていなくて、そこからサマリ2010かTEN JUMPか悩んでたんですが、
TEN JUMPしかお店になかったので購入。そして鑑賞。
見てみての感想は「あれっ?」でした。
サマリ2011でわたしを興奮させた要素がひとっっっっっつもない!(笑)
殺伐とした空気感、緊張感、群舞。
エイトでは見れないそのぴりっとする現場。
メンバー全員の表情が雄々しくて禍々しい、そんなDVDがサマリ2011だと思うのです。
でも、TEN JUMPにいるのはメルヘンの国の妖精さんたち。
キラッキラふわっふわのJUMPさんたちでした。
ダンスはそろってない、表情も決めきれていない。
「魅せる」ことより「楽しむ」に特化したコンサートなのかなと思いました。
(なにより怒り狂ったのはあのカメラアングルなのですがそこは本人たちになんの罪もないので割愛)
正直言うと面白くない。
細かい萌えどころはたーくさんあるけど、わたしがすきなJUMPは群舞でかっこよく「魅せる」JUMPなんだなあと悟りました。

本編にメイキングを差し込むのは本当、ある意味革命なんじゃないかなーと思います。
すっごい見辛いです。でもおもしろい。
個人的にはガンバレッツゴー!のBEST兄ちゃんたちが可愛くて何度もリピしてしまいます(笑)

JUMP新規なので、彼らを取り巻く全てがまったく見えていない。
それがくやしいなあとTEN JUMPを見て思いました。
かわいいキラキラアイドルから、群舞で魅せるアイドルへ転換していこうとするのはなぜなのか。
無邪気でキュートで、それでいいでしょう?から、
「合わせろ、さもなくば死ね」というようなプレッシャーが伝わってくる重い群舞をするグループに変わっていった転換点が気になるのです。
リアルタイムで彼らを追っていたらなにか思考のヒントになるものが転がっているのかな。
そうも考えましたがもう今更遅いです。
ダンスに特化するグループになったきっかけはなんでろう。
わたしが思っているだけでダンスに特化してないのかな?
でも他ジャニユニより振付はぶっちぎりでむずかしいと思うんだけど。
10人・9人の人数の多さを、ダンスフォーメーションの多彩さというメリットに消化することにしたのかな。
もともとそういうユニットにしようと思ってたところで、圭人が成長して踊れるようになったのかな。
浮かぶ疑問は何一つ解決されません。
だって答えを知らないんだもの。リアルタイムで追っていないから、わたしには彼らの過程が見えない。
あるのは飛ばし飛ばしの「今」だけ。
TEN JUMPはコンサート。SUMMARYはコンサートじゃない。
それでも、TEN JUMPのようなコンサートをするグループがあのSUMMARYを行う、それがどうしてもイコールにならない。
この空いた穴を埋めるために、わたしは毎日毎日JUMP担の先輩方が考えた言葉を探しにかけずりまわっています。
スポンジに水が染み込むように、JUMPの知識が降り積もるのはとても楽しいです。

リアルタイムで見れなかった悔しさに、高木雄也がいます。
わたしの最後の高木の記憶はJJで浅香とうふふうふふと笑っていたころ。
久々に見た高木はSUPER DELICATEを歌っていました(それまでもぼんやり高木の存在は見てましたが、高木を高木としっかり認識したのはスパデリです)
JUMPにハマって、色々漁って。
知念様が大好きなのでそれはもちろん知念様を主に見てしまうんですが、気付くと高木を見ています。
メイキングでもそうですが、高木っていつもその輪の中にいないですよね。
コメントも一人。みんなの談笑の中に一人だけいない。
それにすごい違和感を覚えます。
TEN JUMPでも、サマリ2011でも、高木がぼんやりと客席を見ているシーンがありました。
降ってくるような歓声の中、高木はそこにいるのにいないのです。
こんなアイドルは初めてだと思いました。
心ここにあらずを、はっきりと表しているのです。
それを見るたびに胸がざわつきます。
高木にとってJUMPのコンサートは没頭できないことなの?と。
それがいけないとか、そういうつもりはありません。
ただ、高木は楽しんでJUMPをやってるかなあ。アイドルがやりたくてやってるかなあ。そういう不安が訪れるのです。
そんなことを思ったままツイッターで叩きつけたら、優しく答えを教えてもらいました。
今は楽しんでJUMPをやっているみたいだよ。もうそれだけで充分です。
でも、欲をいったら、その高木の心境の変化を見ていたかったなあ、と思います。
自担にしたらわたしの性格では心配で胃に穴があいちゃいそう…!
コンサート中にぼんやりと天井を眺めて立ち尽くしてる姿なんて見たらうちわを放り投げて「たかきぃいいいいいいいおきてぇえええええええ」って叫ぶかもしれません。

JUMPを好きでいる限り、その知らなかった空白の4年間を思ってなんどもなんども悔しい思いをするんだろうなあ。
まあそういうのに燃えるタイプなのですが。

担降りシタガリ(愛シタガリのノリで)

私ここ6年?くらいずーっと大倉担と名乗ってたのですが(ジャニから離れてた時期もありましたが)
担降りすることがとても怖くて。
大倉担じゃない自分というのにピンとこないというのが第一。
大倉担であることにアイデンティティを見出すような矮小な人間だったので、大倉担という飾りが消えたら自分はどうなるのかなーと悩むことが多くなりました。

担当とはどんなものでしょう。
非ヲタの友達に「担当」の言葉の意味を説明するとき、とても言葉に困ります。
わたしはこの人の応援は私が「担」う!という意味で、お母さん的な心境で応援したい人と答えます。
でも、人によっては「一番好きな人」って言う人もいます。
お母さん的な心境かどうかは置いといて、応援したい人と好きな人がイコールになれば話は簡単ですが、
そうもいかないのが人の心です。

たまに、「彼氏にしたいのはいのちゃん。アイドル的に好きなのはかめちゃん。でも担当はすばるくんなの」という人がいます。
その人の中では「担当」に「すべき」人・「なるべき」人は明確なラインで決められて(けど言語化できない)います。
私の中の担当は「一番応援したくて一番大好きな人」でした。
しかし、その均衡が崩れたのが2011年の11月。
SexyZoneのデビューでした。

私が担当を降りなかった理由の一つに、目移りをしないということがありました。
興味ないものはとことん切り捨てる、目にもいれない追わない。
ジャニヲタの多くは金曜20時にお茶の間でMステが流れていて、そこにジャニタレが出ていたら「あらまあ他ユニが出てるワァ」と言って見ると思います。
もしかしたら「他ユニだけどジャニはとりあえずチェック」という人もいるかもしれません。
私はもともとテレビが嫌い・ジャニーズは好きだけどそれよりエイトさんが好きという偏屈親父みたいな考え方の持ち主だったので、もしジャニタレだろうがエイトが出てるわけでなければチャンネルを変えるなりテレビを消すなりしてしまいました。
だからエイトしか見えていないジャニヲタ生活を続けていたわけなのですが、とあるジャニーズ推しのDJイベントに行ったときに、会場のみんながいろんなジャニタレの曲にはしゃいで踊っているのを見て、ちょっと興味が湧きました。
そのころデビュー会見をしていたのがSexyZone。第一印象はマリウスくんが可愛いと思い、そのままプロモや雑誌を漁りました。
結果、俺たちの0番センター佐藤勝利にズブズブっとハマってしまいました。

私の面倒くさいところに、既存ユニに新規参入するのは嫌という癖がありました。
セクゾンはこれから始まるユニット。まさにお誂え向きだったと言えます。
ところがセクゾンは私のジャニヲタ人生のいろんなことを覆してくれました。
接触に次ぐ接触イベント。
ヲタもスタッフも本人たちも、血眼になった1週間。
あの時期本当に、オリコン1位とれなかったらセクゾン解体されてしまう…!というおそろしさに震えていました。
リアルタイムで次々と起こる苦行のような試練に一つずつ乗り、たまに諦め、握手会帰りに本気で鬱になって駅で号泣したこともありました。
誰もかれも、頭が沸いていたのです。
その頃、私は大変なことに気付きました。
「一番好きなのは大倉くん」だけど、「一番応援して支えていきたいのは佐藤勝利」なんじゃないかということに。
この、現実と理想の剥離に、私は苦しみました。
担当とはなんぞや?と毎日悩みました。
一番大好きで、幸せを与えてくれる大倉くん。
これからその美貌とキラキラのアイドル力でこの世界に旋風を巻き起こすかもしれない勝利。
どちらを担当にすべきなのか、と考えました。

未来があるのは断然勝利です。
何故なら大倉くんは、前述したソロコンで私の野望を満たしてくれたからです。
私の夢はあの場所でしっかりと形になりました。あとは大倉くんがこれから作る世界の生き証人になるだけ。
ジャニヲタが人生なら、私は大倉担として隠居生活に入っていました。
じゃあ勝利担になればよかったのに、私にはどうしてもそれができませんでした。
勝利担になってしまったら、大倉くんとの数年間が無になってしまうんじゃないか?と思ってしまいました。
「誰担ですか?」と聞かれて「勝利です!」と答える。
答えた人には、私の大倉くん愛は伝わりません。
胸の中にある大倉くんへの愛は、私の裡で燻り続けるのです。
それがつらくて悲しくて、何より大倉くんに申し訳ないように思えました。
大倉担じゃない自分を受け入れられず、でも半端な気持ちでいるのが辛く、それはそれは病みました。
ほんっっっっっっとにどうでもいい、ばかばかしいことなのに、私にはどうしても重大な決断だったし、大倉くんが胸から消えてしまうのが恐ろしかったのです。

そんな悩みが晴れたのはFIGHTコン東京ドームでした。
ずーーーっとずーーーーーーっと悩んでいたことは、大倉くんがドームで歌って踊って笑ってくれているだけで消えていきました。
ああ、やっぱりわたしこの人が世界で一番好きなんだなあと悟れたのです。


悩んだ後は吹っ切れて、大倉くん好き好き大好きモードになりましたが、最近ずぶずぶっとジャンプちゃんにハマりだし、また担降りを考えるようになりました。
今回は前みたいに病んでません。
FIGHTコンがとっても楽しかった。
でもこの短い周期でまた好きなアイドルが出来た。
わたしはもう、大倉くんから離れてもいけるんじゃないかな?
担降りってそんなに罪悪感を持つものじゃないんじゃないかな?
大倉くんに依存してしまっていて、好きの気持ちが錆びていくまま彼を見ているのは本当にあってるのかな?
そう思ったのです。
大倉くんのことは大好きです。
でも新鮮な驚きとワクワクは彼に与えられません。
エイトはいつも安心する家であって、大倉くんはいつでもそこにいる家族みたいなもの。
わたしはそこから出て旅に出たいなあと思いました。
それが最近の担降りしたいなぁシンドロームの原因です。

ちなみに私の中にカケモという選択肢はありません。
人のキモチは100%が上限だとします。
100%の好き(ジャニタレに向ける愛という意味の)を向けられるのは一人だけです。
二人とも均等に好き!というのは、50%と50%です。
担当はいつでも一人だけ。100%の好きを与えられる人にだけです。
別にカケモの人が嫌いなわけではありません。
たくさんいるジャニタレの中で、大倉くんが好きなんだ、と言われることと、
大倉と勝利担!って言われることは別だと思うだけです。
そういう愛の形もあることはわかります。
ただ、私のポリシーでは自分がそれをするのが許せないだけです。


今ポジティブな担降りの季節きてる!
今なら「大倉くん今までありがとう!愛してる!愛してたよ!」って言ってうちわ置けるかなって思いました。
全部の結論はFIGHTコンDVDが握ってそうです。



ちなみに担降り先は知念侑李様か佐藤勝利
私は未完成なものを完成されるまで愛でるより、
不完全なものが研ぎ澄まされて完成に近付いていくのが好きなのです。
そういう点だと知念様なのかなあ。
勝利の好きと知念様と大倉くんの好きは違うのです。
でも知念様と大倉くんの好きはほぼ同等の種類。
これはまた長くなるので別エントリで語るしかないな!www

大倉忠義とはなにか

とりあえず大倉忠義について自分の見解を語っておこうと思います。
流動的なものであれど、そろそろ固まってきました。

大倉くんと一方的に出会ったのはたしか、Kyo to kyoの頃の名鑑です。
ちっちゃくて出っ歯でビーバーみたいな彼の第一印象は「戦国武将みたいな名前」でした。
当時の私の担当は二宮和也で、私の原点です。
私が低身長な人に恋しやすいのも、
犬が好きなのも、
まるいお手々や猫背が好きなのも、
全部二宮和也のせいです。

朝起きて夜眠るまでずっと二宮和也のことを考えていたのに、
今思い出そうとするとなにも出てきません。
だけど、恋をしたり歩き方や動作や喋り方に至る全てに二宮和也がちりばめられています。

正直、二宮担だったころに彼を理解しようと思ったことはありません。
彼は難儀な人だと思います。
演技論もアイドル論も生き様も全部難解です。
その一筋縄ではいかないところはヲタクの心をくすぐると思いますが、
私は二宮和也を息子のように思って見ていたので、
二宮和也が何を言おうと、だれと恋しようと、なんでもよかったです。
ただ、二宮和也がそのビジュアルで、声で、キャラクターであってくれればいいと思っていました。
でも自作の歌は愛せませんでしたごめんなさい。

昔、彼はHigh&Lowというソロ曲を歌いました。
音源化も映像化もされていない曲です。
確か夏コンじゃなかったっけか。HERE WE GOコンかな。
その曲がわたしにとって理想すぎて、夢がかなってしまいました。
二宮担として「満たされた」瞬間です。
満たされたらもうなんだかお腹いっぱいになりました。
二宮和也を見ることはライフワークになっていたので、二宮和也から離れるのには時間がかかりましたが、
ゆっくりと着実に二宮和也から離れていきました。
ジャニヲタにとって「満たされる」ことは一つのゴールであり、夢から覚める瞬間なんだと、二宮和也は教えてくれました。

今では嵐を見てもなんとも思いません(大好きです)
嵐の中で誰が好き?と言われても決められないぐらいみんな好きです。
逆に言うとそこまで二宮和也が埋没したということでしょう。

でも歌う嵐さんを見ると目が無意識に二宮和也を追ってて、そこの癖が抜けないのはちょっと面白いです。

そんな私が二宮和也の次に降りたのが小山慶一郎です。
ここから先は「担当」という言葉を使うにはとてもおこがましいような黒歴史に塗れたジャニヲタ人生を歩みます。
当時私は中学3年生。消したい過去ですが、当時私はオリキをしていました。
だから、オリキとして動いていた人を担当と呼んでいました。
本当に好きだと思っていた、茶の間で充分満たされていたアイドルは他にいました。
それが大倉忠義です。
対外的に「副担」という言葉を用いて彼を応援していました。

大倉くんでオリキが出来ていたら多分やっていたかな。
こはちょっとわからないけれど、とにかく当時、物理的に私は大倉くんのオリキは出来ませんでした。
先輩や友達に誘われるがままオリキを始めて動いていました。
自分の意志はあまりなかったような気がします。
でも私にはオリキは向いていませんでした。

色々あってジャニヲタをやめた私をまたジャニーズに引き戻したのは二宮和也でした。
ハウズコンDVDを友達の家で見たのがきっかけです。
2年くらい離れていて、私は高2になっていました。
その間も茶の間としてまったり大倉くんを追っていましたが、しっかりとこの人が私の「担当」なんだぁと思ったのは、
2005-2006のカウコンのうちわを見てでした。
今更ビジュアルで降りるのかよ!という感じですが、オリキもしておらず、漸く私は一番好きで応援したい人を「担当」に出来る環境にいました。
ここの紆余曲折はもう記憶もあいまいで、今思うと「なにいってんのお前?」ということが多いのですが、
当時は強迫観念がひどかったんです。

とにかく、私は大倉担になりました。
2006年の1月のことでした。



当時の私はとにかくよく彼に怒っていました。
今まで好きだった二宮さんは、簡単に言えば「手のかからない」人です。
それに比べると大倉くんは自由で、奔放で、やる気がなく見えて。
「もっとこう出来るでしょう!」と叫びたくなるような人でした。
わたしの目には、バラエティーなどで本気を出しているように見えなかったのです。
だから毎日毎日腹が立って、やる気がないなら仕事をやめたらいいのに!と思っていました。

その頃、彼が初めてソロ曲を歌いました。
タイトルは「Butterfly I Loved」。
すばると二人でのコンサート。急遽決まったそれの意図もわからず、とりあえず自担に会えるなら、と大学受験の最中に見に行きました。
散々焦らされ、スポットライトを一人で浴びて真ん中で踊る彼を見て、とんでもなく胸が高鳴ったことを覚えています。
簡単に「泣いた」という言葉を用いるのは嫌いなのですが、私は正しくあの瞬間落涙していました。
大倉くんの不遇の時代を、私は茶の間ながら見ていました。
彼が秘めているものに対してずっともどかしく思っていた感情が、正しい形で解かれたのです。
アイドル大倉忠義の行先を提示されたような気がしました。

あのコンサートが私の中の一区切りになりました。
大倉忠義が掴もうとしているアイドルとはどんなものだろう?
それに興味が湧いたのです。

その疑問に対する大倉くんからのアンサーは、2008年のソロコンで提示されました。
47ツアーやドラマ、2ndフルアルバムを引っさげたMステではセンターを任される。
段々と風向きが大倉くんにきている。そういう自信を、勝手ながら私も持ち始めたころにはじまったソロコン。

ソロコンの一曲目は「Butterfly I Loved」でした。
2006年から色んな機会で披露されていたこの曲を、大倉くんは一曲目にもってきました。
あのサーカスのテントのような会場で、ヲタの期待の眼差しを浴びながら、大倉くんは「舞い降りて」きました。
上で二宮和也のHigh&Lowを見て「満たされた」ように、私はあの瞬間大倉くんに「満たされ」ました。
何をするにしても歯がゆくて、かっこいいのにどこか惜しくて、どうしてそうなっちゃうの!と叫びたくなるような彼だったのに、
大倉くんはそんな私をあの一曲で全て弾き飛ばして、安心させてくれたのです。
舞い降りて歌う大倉くんを見ながら、「ああ、この人はもう、支えなくて平気なんだ」と思いました。
担当というものが、「この人は私が支える人よ!」という気概なら、まさしくあの瞬間、私は担当を降りたのです。

当時、コンサート終わりの感想でこんなことを書いていました。

変なプライドとかやりたいことがないからなんでもすんなり受け止めてやろうとするし、
ドラム叩いてるのが好きなヲタにも、
歌が聴きたいヲタにも、
ダンスが見たいヲタにも、
等分に叶えて見せてくれるんだよね。
こう言ったら可愛いとか、喜ぶってわかってるから計算してやってるんだろうなーって思って萌えた←
大倉って顔だけかっこいいし悪い態度も腹黒そうなとこも私の萌えツボってだけだったのに、今回のコンで若干尊敬&安心した。
ここまでプロデュース能力があるなら大丈夫だよ。
グッズだって細部までちゃんと凝ってるし、
自分の魅せ方がわかってるから、
あとはエイトでそれを出せれば良いねっていう。

読み返すのも恥ずかしいくらいの上目線なのですが(笑)
そんなことを思っていたようです。
満たされたら担降りが私のモットーだったのに、大倉くんへは、「満たされた」その先を求めました。
ネクストステージに足を踏み入れたのです。
私の中で大倉くんの存在は「支える人」から「与えてくれる人」に変わりました。
海のようにふかいふかい愛で大倉くんが与えてくれる幸せを食べて生きていけるようになり、
それに比例するように他ジャニにまったく興味が無くなりました。

担当という言葉の意味はジャニヲタの数だけアンサーがあると思いますが、
私は母から信者にジョブチェンジしました。
私の中で大倉くんは息子から教祖となったのです。
年を追うごとにかっこよく、美しく、頼もしく成長していく大倉くんに、「大好き!」と思いながらついていけることが幸せだと思いました。


私は基本的にすごくすごく同担が大好きです。
好きな人が同じ人が大好きです。
今まではずっとそれでよかったのですが、私が大倉くんの信者化してから、少しそれは変わってきました。
所謂貶し愛の人が苦手になったのです。
どんな形であれ大倉くんを愛してるなら、と思っていたものが、「大倉くんを馬鹿にするようなことは許さん!」という、
非常に心の狭いヲタになってしまいました。
そこの葛藤はまた別エントリで書こうと思いますが(笑)
このダイアリを書く上で、私は基本的に大倉くんを貶しません。
プロ意識でどうかと思うことは言います。
しかしそれは「貶し」ているわけではなく「言及」しているだけです。
馬鹿にしているかしていないか。そこが大事だと思っています。
失言が多いところも、朗らかが過ぎてちょっといろんなことを軽く見がちなところも、
全て含めて大倉くんであり、私の好きな人です。
失言は「おいなにいってんだよ」と怒りますし、太ったら「もうちょい節制してね」と言います。
でもそれは貶しではありません。意見です。
こんなインターネットの片隅でぶーすか言っても本人に伝わらないですが、それはそれでいいです。

以上が私の基本的なスタンスです。
大倉くんに対しては「信者」という言葉がしっくりきます。
すごく気持ち悪いのは自覚済みですが、
「大好きなの!」と叫べる相手がいるということは幸せです。
大倉くんから与えられる愛が私の活力なので、しばらくはこのエンジンでどこまでも突っ走ろうと思います。